
ドラゴンの向こうにある黄金:カーボベルデへ行くために複雑な恐怖と向き合った話
Charlotteと僕はカーボベルデへ行ってきた。行きは飛行機で8時間、帰りは6時間。5月に飛行機でカルペへ行っただけでも、大きな勝利だった。今回はまた別の難しさがあった。
飛行機が墜落するのが怖いわけではない。僕の恐怖は、主に狭い空間にたくさんの人がいることと関係している。例えば、グループでなければ洞窟探検だって平気でできると思う。僕一人だけを飛行機に乗せて世界一周させても、問題はない。そこに大勢の人が加わると、僕の体はおかしくなる。信じられないほどの緊張。レストランでもそうなることがある。カフェでも。人の多いガーデンパーティーでも……。
そこに排尿恐怖も加わる。今では、恐怖そのものへの恐怖にもなっている。いろいろなことが重なっているんだと感じる。僕の恐怖には、クモのような、はっきりした一つの対象がない。僕が経験しているものは複雑で、取り組むのが難しい。飛行機への恐怖を取り除いたら、また別の何かが代わりに現れる。下に何らかのPTSDのようなものがあって、それがいろいろな形で現れているような感じがする。
カーボベルデ旅行中、親しい友人が、それでも僕がその恐怖に向き合っていることをとても尊敬していると言ってくれた。彼自身も飛行機がとても怖いので、どうやっているのかと聞かれた。だから、僕がどうしているのかを説明してみようと思う。
いちばん大切なことを最初に言いたい。恐怖は、必ずしも克服しなくていい。例えば宇宙遊泳が怖いなら、それはそのまま抱えて生きていける恐怖だろう。飛行機への恐怖だって、必ず克服しなければならないわけではない。車で旅行すればいい。僕にとって旅は、行き先よりも誰と一緒に行くかのほうが大切だ。ほかの文化を知りたくてたまらない人がいることはわかる。僕の場合は少し違う。
何より、恐怖に何かを妨げられたくない。不思議なことに、僕の場合は恐怖そのものが問題になっていることが多い。そこにあることが我慢できない。例えば、人前で演奏する恐怖をかなり乗り越えた今、そもそも僕は本当に人前で演奏するのが好きなのかと考え始めている……。そしてカーボベルデのような旅行のあとには、しばらく落ち込むことが多い。本当は全部、普通のことのはずだから。少なくとも頭の中では。そんな感じ……。
恐怖と向き合うときにいちばん助けになるのは、その先の収穫が何かを知っていること。ドラゴンの向こうには、どんな黄金があるのか? その恐怖の向こう側にあるものを、どれくらい望んでいるのか?
例えば仕事でインドへ飛んでほしいと頼まれたことがある。それは僕にはできない。その旅から個人的に得られるものが、あの恐怖すべてと向き合うほど大きくないからだ。人前で演奏することには、その努力をする価値がある。ときどき疑問に思うことはあるけれど。心から行きたい旅が待っているなら、飛行機に乗ることにも価値がある。
カルペは最高だった。2時間半で、1,410キロも先にいた。直線距離で。車なら約1,800キロ、18時間の運転になる……。実は飛行機に乗っていること自体は好きだ。あの機体が走り出す瞬間がたまらない。力、加速。最高だ。だから、そう、いちばん大切なのは収穫なんだ。
僕はとても信頼している行動療法のセラピストのもとで、長く治療を受けていた。そこで段階的なエクスポージャーを知った。恐怖を呼び起こすものに、少し音量を下げた状態で近づいていくということ。
例えば僕にとって、スウェットロッジには飛行機と共通するところがある。狭い空間に人と一緒にいる。大切な違いが一つある。本当に無理になったら、外に出られることだ。多少の集団の圧力はあっても、それでも出られる。飛行機では、もちろんそうはいかない。
それでスウェットロッジに参加するようになった。今でも怖い。少しずつ、その恐怖と一緒にいることを学んできた。できるときもあれば、できないときもある。これは僕自身が歩んだ道であって、誰にでも適した練習ではない。
スウェットロッジによっては、毎ラウンドのあとに必ず外へ出ると自分に決めたこともある。そうしていいんだと自分に教えるためだけに。これは僕の人生で、決めるのは僕なんだと。もちろん、儀式への敬意は持ちながら。どれだけ伝統や決まりがあっても、自分を選び、そこから出ることはできる。それが僕にはとても大切だった。
全部があの飛行機と直接関係しているわけではないのかもしれない。でも、自分が取り組めるパターンなのだと思う。自分を好きになること。自分に優しくすること。スウェットロッジの中で怖くなってもいい。飛行機で怖くなってもいい。自分にそんなにくそ厳しくしなくていい。
次に僕が大切にしているのは、事前にできるだけ強い状態でいること。身体的にも、精神的にも。準備しておく。この数年で、例えば呼吸の練習が自分に何をもたらすのかを学んだ。
今は二つの方法を使っている。一つ目はYouTubeチャンネルのBreathworkBeats。お気に入りはこの呼吸の練習で、ほかにもある。特に感じるのは、呼吸に取り組むと自分の緊張を下げる助けになるということだ。
二つ目はOsho Chakra Breathing Meditation。僕はチャクラを信じていない。でも、この練習は好きだ。ときどき、Oshoはまず45分間しっかり呼吸させて、そのあとようやく15分間瞑想できるようにしたいだけなのでは、と思う。少なくとも僕にはそんなふうに感じられる。
本当にいい説明動画はまだ見つけていない。これが今まで見つけた中ではいちばんいい。瞑想の「音楽」はこちら。各段階を別々に使いたいなら、こちらにある。
去年、娘たちとスキー旅行へ行く前には、このOshoの瞑想を100日間続けた。僕の感覚では、普段の緊張の水準をできるだけ低くする助けになった。僕にとって、この呼吸のいちばんの意味はそこにある。普段の緊張はたいていとても高い。とても怖いことに挑むなら、できるだけリラックスした状態でその冒険を始めたい。
運動も大切だ。体力を整えておくために。恐怖は体に大きな負担をかける。体力があれば、それを受け止める助けになる。僕の場合はCrossFit、ストレッチ、そして朝早くのエクササイズ。
ストレッチには、ずっと繰り返し使っている動画が三つある。二つはBodyweightWarriorのもので、これとこれ。ほかによくやるのが、Caitlin K'eli Yogaのこのセッション。朝にはJules Hornのこのエクササイズもある。
次のことは、もしかすると何よりも大切かもしれない。無条件に自分のそばにいてくれる人と一緒に行くこと。多くの親が子どもに対してそうであるように。誰かがそんなふうに僕のためにいてくれると信じるのは、僕には簡単ではない。二人の父親に見捨てられたら、そう簡単には信じられなくなる。
だから、一緒にいる人はものすごく大切だ。何が起きても、僕のためにいてくれる? パニック発作が起きても。尿が出なくても。出発前にものすごく怖くなっても。
その人は僕を救わなくていいし、かわいそうに思わなくてもいい。現実的でいてくれる人が、いちばん助けになる。「わかった、今の問題はこれだね。何ができるだろう?」という感じで。隣に立ってくれること。必要なときにいてくれること。そして、たまにお互いを少し支え合うのだって、もちろん全然かまわない。
そして、まったく恥ずかしいと思っていないこと。薬だ。
カルペとカーボベルデについては、かかりつけ医と相談した。ここまで書いたことは全部、必要な薬をできるだけ少なくする助けになっている。以前は旅行するために、車でも、たくさんの薬を飲まなければならなかった。そのあとには毎回、離脱を乗り越えなければならなかった。楽しいものとは程遠かった。
その飛行機旅行では、ベータ遮断薬のプロプラノロールなどを使った。僕の経験では、恐怖の考えそのものは消えないけれど、身体的な落ち着かなさを和らげてくれることがある。それが僕には大きい。心臓が激しく打ち始めると、その激しい鼓動が怖くなる。すると恐怖がさらに大きくなり、すべてが互いを強めてしまう。
一度、演奏前にプロプラノロールを飲んだこともある。それはいい考えではなかったと思った。ステージでは、むしろあのアドレナリン、鼓動、緊張が役に立つからだ。ある場面で助けになることが、別の場面でも役立つとは限らない。
飛行機には、かかりつけ医と相談してValiumとTemestaも使った。カルペのときは、前の晩にもValiumを飲んだ。特に搭乗は僕にとって緊張する瞬間だ。ここでも普段の緊張の水準が関わってくる。恐怖は、少しずつ水がたまっていくバケツのように感じることがある。あふれないようにしたい。パニック発作の真っただ中では、落ち着きを取り戻すのがずっと難しいから。
具体的な量や時間は、ここではあえて書かない。書いているのは僕の経験であって、まねするための服用計画ではない。どの薬を、どれくらい、どう組み合わせるか。それは医師と相談すること。 すでにほかに飲んでいるものも、その話し合いに含まれる。ValiumとTemestaは、お互いの鎮静作用を強めることがある。そこにアルコールを加えるものではない。
僕には、医師が僕の恐怖を真剣に受け止め、一緒に計画を立ててくれることが大切だ。持っていく量についても、明確に決めておく。パニックになって自分の判断で量を増やさない。そしてもちろん、帰りの分も十分にあることを前もって確認しておく。
カーボベルデでは、予備を恋人に預けた。帰りの薬をなくしたら、僕には本当に困ったことになる。その安心がなければ、帰りの飛行機に乗れるかどうかわからない。
大切なこと。ValiumとTemestaは依存を引き起こすことがあり、徐々に減らすのが難しい場合もある。 僕自身が経験している。飛行機旅行のための使用でも、自動的に安全というわけではない。だからこそ、医師と相談して決めることが大切だと思っている。
7年間これほど必死に自分に取り組み、さまざまな練習、身体を通じたセラピー、そしてペヨーテ、カンボ、キノコなどの儀式を経験しても、これほど長い飛行機旅行にはまだ薬が必要だ。あと10回飛べば変わるかもしれない。それはこれからわかる。そこも戦いにはしない。僕の体にはトラウマと緊張がいっぱいある。その薬があると少しの間は普通に感じられ、飛行機でもトイレに行ける。
カテーテル。 いやあ。
つまり、僕には排尿恐怖がある。そして、それは「ただの気の持ちよう」ではない。ええと、言いたいのは、ある状況で体が一種の闘争・逃走反応に入り、そのため尿が出なくなるということ。これについては別のブログ記事に書いているので、ここでは詳しくは触れない。
僕には、最後の逃げ道があることが大切だった。あの飛行機で本当に、本当に、本当に尿が出なかったら? ものすごく切迫していても出なかったら? そういう状況では、実際にそれが起きるからだ。
泌尿器科医に連絡を取り、指導のもとで導尿を学んだ。できるようになるまで2年かかった。ものすごく恐ろしかった。あの管をそんな奥まで入れるなんて……。信じられない。しかも、全身が緊張している中で、あの括約筋を越えなければならない。
ここで何より伝えたいのは、勇気ということ。自分が心底恐れていることに取り組む勇気。もちろん、あなたの恐怖はまったく違うかもしれない。飛行機が墜落するのが怖いなら、それに対して用意された答えは僕にもない。理屈の言葉だけでは、体を安心させられないことが多い。
ようやく導尿ができたとき、それは僕にとって「わかった!」という瞬間だった。「これであの飛行機に乗る。本当に必要になったら、逃げ道がある」。そのとき、何かがかちりとはまった。カルペとカーボベルデへの往復、計4回のフライトでは、結局カテーテルは必要なかった。解決策があるという考えだけで、解決策そのもの以上に助けになることがあるのだと思う。
さて。恐怖……。
向き合うには、たくさんの勇気と意志の力がいる。そして、全部を克服しなくてもいいのかもしれない。それでも、ドラゴンの向こうにある黄金には、それだけの価値があることが多い。
カーボベルデへ行く前、僕の体はひどく苦しんだ。表面の下ではいろいろなことが起きていた。夜の歯ぎしりで、あごがすっかりこわばっていた。その結果、歯痛と首の痛み。出発前の1週間で、オステオパスに3回、歯医者に1回行った。これも僕にとっては、自分を知り、自分を大切にすることだ。その旅行を実現するために、自分にできることをすべてすること。
ときには悔しくなる。別の人なら、前の週に遊びに出かけ、飲んで、吸って、そのあと飛行機で8時間寝て回復できる……。物事は、そうであるようにある。
僕は恐怖の向こうで、たくさんの黄金を見つけてきた。演奏での黄金。自分の歌のサークルでの黄金。身体を通じたセラピストになるための学びでの黄金。Team Leadへのキャリアチェンジでの黄金。恋人とカーボベルデへ行った、あの美しい旅での黄金。
これから見つけなければならない黄金は、リラックスすること、休むこと、何もしないことを学ぶ中にある。
聞いてくれてありがとう!
ではまた、Lieven
追伸。The Tools。Phil StutzとBarry Michelsによる素晴らしい本だ。その中で説明されていることの一つが、欲望の逆転。自分の恐怖と向き合うことを望む、ということ。その考えには惹かれる。そこに成長の機会があるかもしれないから。ただし、賢いやり方で。本を読んでみて ;-)。Netflix向けにStutzのドキュメンタリーも作られている。まだ配信されているかは知らない。どこかでは見つかると思う。
うまくいきますように!